昂奮が咽喉《のど》につかえて声が出ないためとみえる。
 一同、黙って甚吾左衛門の顔を見ている。ちょっとその権幕に呑まれたかたちだ。なかにひとり口唇を青くして甚吾左衛門をにらんでいるのがある。同藩の士|安斎《あんざい》十郎兵衛《じゅうろべえ》嘉兼《よしかね》これがこの口論の相手である。
「こ、こ、ここへお眼をとめられい。」
 と甚吾左衛門は、膝元の、中心《こみ》だけ白紙に包んだ刀身を指して、あらためて猛り出した。
「丁子乱《ちょうじみだ》れ、な、丁子みだれがあろう。丁子乱れは番鍛冶一文字に多しと聞くからには、この一刀は、誰が何と言おうと、これは粟田口だ。」
 言い切って一座を見まわす。みんなぽかん[#「ぽかん」に傍点]としているから、じかに当の安斎へ食ってかかった。
「安斎、粟田口だな。」
「ふうむ。粟田口かな。」
 と腕を組んだ安斎十郎兵衛、感心したのかと思うと、そうではない。
「なるほど。言わるるとおり乱れは乱れじゃが、ちと逆心《さかごころ》が見える。拙者の観るところ、どうも青江物《あおえもの》じゃな、これは。」
「しかし――。」
 甚吾左衛門が口をとんがらせる。
「しかし――。」

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