ら、となりの人が、あなたんとこの鶏が庭へ来て、種をほじくって困るんだがいったいどうしてくれると持ち込んで来たら、なに、それはべつに不思議でもありません、こっちの種がそちらの庭へ行って鶏をほじくってこそ、はじめて協議すべき問題が生じようというもので――なんかとこう軽くあしらってやれば、事はそれですむ。が、こういう人間が多くなっては、世の中が退屈でしようがあるまい。
 で、じつは喧嘩の因《もと》のつまるつまらないは、傍観者や後人の言うことで、当人同士は、喧嘩するくらいだからもちろんつまらなくてはできない。むっ[#「むっ」に傍点]としてかあっ[#「かあっ」に傍点]となった時には、あらゆる利害得失理窟不理窟を忘れているのである。昔はこういう人間が多かったものだ。
 尾張藩の侍寺中甚吾左衛門、今がちょうどそれでかんかん[#「かんかん」に傍点]になって怒っている。
「いいやいや。錵《にえ》乱《みだ》れて刃みだれざるは上作なりと申す。およそ直刃《すぐは》に足なく、位よきは包永《かねなが》、新藤五《しんとうご》、千手院《せんじゅいん》、粟田口《あわたぐち》――。」と一気に言いかけて唾を飲んだが、これは
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