つける気か。」
すると甚吾は真赫《まっか》になってそれから真青《まっさお》になって、顫える手で茶碗をとって、冷えた茶を飲みほした。それきり俯向いていた。
会の帰り、甚吾左衛門は十郎兵衛にこっそりはたしあい[#「はたしあい」に傍点]を申し込んだ。
理由は、人なかにて雑言したこと。
期日。今夜四つ半。
場所。高輪光妙寺の墓地。
二人は顔を見合って大笑いした。そしたらさっぱり[#「さっぱり」に傍点]した。もうすこしもこだわってはいなかった。
三
花時の天気は変りやすい。午後から怪ぶまれていた空から、夕ぐれとともにぽつりと落ちて、四刻《よつどき》には音もなく一面に煙るお江戸の春雨であった。
討合《はたしあ》いのいきさつから、もしもわが亡きのちの処理、国おもての妻子の身の振り方なぞを幾通かの書面に細ごまとしたためて、十郎兵衛が部屋で一服しているところへ、刻限でござる、そろそろ出かけようではないかと言って、甚吾左衛門が迎えに来た。応《おう》と立ち出ると、そとは雨だ。十郎兵衛、傘がない。
「相合傘と行こう。」
「よかろう。」
というので、長身瘠躯に短身矮躯《たんしん
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