わんでどうする。
池田 そうかなあ。この、遠くから近づいて来る世の大変革の跫音《あしおと》が、君にはすこしも聞こえんのかなあ。
郁之進 (色を為《な》して)いかなる大変革があろうとも、君臣の大義が崩れてたまるものか。
池田 新妻を召し上げられても、君は今でもそう思っているのか。
森 本心を聞かしてくれ、本心を。
郁之進 本心もうそ[#「うそ」に傍点]心もあるものか。それとこれとは別だ。それはおれも、悩んださ。うむ、今でも悩んでおらんとは言わぬ。
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森と池田は、ちら[#「ちら」に傍点]と顔を見合わせる。
[#ここで字下げ終わり]
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池田 そうだろうとも。いや、人情そうあるべきところだ。
郁之進 お恥かしい次第だが、当座は、あの加世《かよ》の面影が、眼前にちら[#「ちら」に傍点]ついて――。
森 藩中第一の美女、お加世どのだからなあ。じつは、あのお納戸役|吾孫子《あびこ》殿の娘御お加世どのは、誰の手に落ちるかと、われわれ一統、手に汗握る気持ちで眺めておったのだ。自薦運動も大分猛烈だったからな。
池田 (そっと森を小突いて)そ
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