もそれを教え込まれてきた。叩きこまれてきた――だが、おれは近ごろ、人間と人間とのそうした関係に、どうも疑いを持ちはじめてきたのだ。これでいいものかどうかと――。
森 主君の欲《ほっ》するところには、絶対に服従する。ふふうむ、絶対に、理も非もなく――。
池田 何らの大義名分がなくとも、腹を切れと言われれば、即座に腹を切る――切れるか貴公。森、貴様はどうだ。
森 うむ、切る――つもりで、今日まできたが、すこしどうも変だな。
池田 そちの妻を夜伽《よとぎ》に――と言われたら?
郁之進 (狂的に両手で耳を抑さえて)またそれをいう。またそれを言う。
森 そうだ! 長続きせんぞ、こういう君臣の関係は。
池田 おれたちは若いから、世の移り変りを早く予感できるのだ。いずれ、何かある、何か起るぞ、きっと――。
郁之進 (顔色を変えて)いや! そんな馬鹿なことがあるものか。君臣の義は大磐石だ。また永代大磐石にするのが、われわれのつとめなのだ。そんな怪《け》しからぬ疑念を持って、どうして御奉公がつとまる! 不届きなことを言うやつだ。
森 貴公ほんとうにそう思うのか。
郁之進 そう思うかとは情ない奴だ。そう思
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