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郁之進 (せせら笑って)それ見ろ。口を噤《つぐ》むよりしようがあるまい。長いものに捲かれろという言葉もある。いや、さような俗言を藉《か》らずとも、先は殿だ。何のおれに、恨みがましい気持ちがあってなるものか。そんな心は微塵《みじん》もないぞ。(言いきる)
池田 藩主と家臣――藩主は、欲しいものがあったら、家来から何を奪ってもいいものだろうか。新婚の夢|円《まど》らかな妻をさえも――こういう主従の制度は、いったい誰が決めたのだ。
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郁之進も森も、考えこむ。
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池田 要するに、扶持米《ふちまい》を貰って食わせてもらっておるから、頭をさげる。それだけのことじゃあないか。おれは、こういう世の中の仕組みは、遠からず瓦解《がかい》するものと思う。何かしら大きな変動が来るような気がしてならんのだ。いや、来べきだ。どことなく、そのにおいがする。
森 (恐しそうに)おれたち武士《さむらい》の先祖たちは、ほんとうに、主君に対して文字どおり絶対服従だったのだろうか。
池田 そりゃむろんそうだとも。おれたち
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