――。
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郁之進と加世は、苦しげな播磨守のようすにおどろいて、あわてて左右から支える。
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播磨 ううむ、それで、それで、理不尽にも加世を奪り上げたのだが、彼女《かれ》は、いかにしても拒みとおすのみか、日夜良人を慕って泣く加世の純真な姿に、おれは、おれは、長らく求めてえなんだほんとうの女を見たのだ――加世だけはこのおれを、馬鹿大名と扱ってはくれなかった。憎むべき一個の男として、拒絶しとおしてくれたのだ。おれはそれが嬉しい。何よりもうれしい! おれはこれを探していた。おれの望んでいたものは、これだったのだ! どんなにそれを捜し求めたことか、おれのその味気ない胸中は、だ、誰も知らぬ。うむ、誰も知らぬ――加世の拒絶によって、おれは初めて男になった。加世はおれを、人間にしてくれたのだ。おれはもう馬鹿大名ではないぞ。郁之進と同じ人間だぞ、一人の男だぞ。それが郁之進と加世を争って、み、見事に負けたのだ。ははははは、ああ愉快だ、ああ愉快だ! 加世のおかげで、おれはやっと、この人間らしい、男らしい晴ればれとした気
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