進、この加世を、この加世をそちに返すぞ!
郁之進 (顛倒して)ああ俺は、殿に刃向った。殿にお手傷を負わせ申した。この手で殿を斬った! なんという恐ろしい! うむ、そうだ、この上は――(刀を拾って)御免!
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どっかと坐り、手早く腹を寛《くつろ》げて突き立てようとする。
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播磨 (その手を抑さえて)早まるな、主君と家来ではない。人間と人間、男と男として、おれの言うことをひととおり聞いてくれ。この加世は、いまだに立派にそちの妻だぞ。側へ召し上げて以来、そちを想う加世の純情を見るにつけ、余は、自分の乱行に眼が覚めた――。
郁之進 えっ! (茫然たることしばし、ふたたび腹を切ろうとする)
播磨 (傷に苦しみながら、郁之進を制して)おれは加世によって、人間の美しい愛情を、はじめて見たぞ――今までの女は今まで余の手をつけたすべての女は、余を主君とのみ観て、みな絶対無条件に、死んだようになって余の意志に従った。が、おれは、男として、人間として、そのたましいの脱けた人形のような女たちには、飽き飽きしてしまったのだ
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