持ちを、とうとう味わうことができたのだ。その大恩人の身体《からだ》に、どうして触れられよう! 郁之進! 加世は潔い身体だぞ。す、末長く、仲よく添い遂げい。
郁之進 (狂乱して)殿! お気を確かに――私はこの場に屠腹《とふく》して、お詫びつかまつります。
播磨 ええいっ、馬鹿め! わからぬか。それでは余の念が届かぬ。
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どやどや跫音《あしおと》を乱して家老矢沢、吾孫子老人、池田、森ら多勢走り込んでくる。一同この場の仕儀に愕然として、物をも言わず郁之進を召し捕りにかかる。
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播磨 (すっく[#「すっく」に傍点]と起って、大手を拡げて郁之進と加世を背《うし》ろに庇《かば》う)何をするかっ! 郁之進に斬られて、余は今、生まれて初めて、日本晴れの気もちが致しておるところだ。うういや、郁之進が斬ったのではない。多門三郎が余を斬ったのだ。者ども、郁之進に手をつけることはならん! (矢沢へ)爺い! いかさまあの久保奎堂は、刀相の名人だて。当ったぞ、適中いたした、ははははは。(よろばいながら、笑う)郁之進は腹を切
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