堂《くぼけいどう》も混っている。奎堂は五十がらみ、茶筅髪の学者型である。一同が提げ刀のまま入り乱れて席を譲り合いながら、座につこうとする時、ひとりの侍の刀の鐺《こじり》が、他の一人の刀に触れて、かちっ[#「かちっ」に傍点]と音を立てる。
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その一人 おっと! これはこれは、とんだ粗相《そそう》を。なにとぞ御容赦のほどを――。
他の一人 いや、手前こそ、お邪魔になるところへ小長い刀《もの》を突き出しておって、不調法をつかまつりました。平に御勘弁を。
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両士は慇懃《いんぎん》に挨拶して、坐る。
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播磨 や、それがいわゆる鞘当《さやあ》て。いささかの意趣遺恨でもあろうものなら、その鞘当てからいかなる騒ぎになろうも知れぬところを、見事、平らに捌《さば》いた両人の手並み、ちかごろ鮮やか、鮮やか、ははははは。
両人 鞘当てとはどうも、ははははは、それがまた自らなる御座興となって、殿の御感を得るとは。なんなら、いま一度お当て下されい。
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たがいに会釈して笑う。
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座の一人 いや、文字どおりの鞘当てでござりましたて。一時はどうなることかと、はっはっは。
その二 はらはら[#「はらはら」に傍点]いたしました。まさか、ははははは。
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一同爆笑する。
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その三 お、そう申せば、その問題のお鞘は、いかさまお見事なる作りでござるな。卒事ながら、拝見願われますまいか。
刀をぶつけた侍 かようなやくざ[#「やくざ」に傍点]な刀《もの》がお眼に留まるとは、恐縮です。とてもお歴々の見参に供《そな》えるようなものではござりませぬが、お望みとあらば、お安い御用。どうぞ御覧を。
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と人手をとおして、その刀を順送りに渡す。
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受け継ぐ人々 ほほう、小柄《こづか》は祐乗《ゆうじょう》ですな。
おなじく二 糸輪覗き桔梗《ききょう》の御紋は、これは御家紋で?
同三 彫りは、肥後の林重長と観《み》ましたが。
四 いや、お眼がお高い。
五 この鍔は、明珍の誰でござりますな?
所有主 義房作とか、伝えられておりますが、いや、お恥かしいもので。
一見を所望した侍 (受け取って)結構な蝋色鞘《ろういろざや》ですな。失礼ながら、いい時代がついておりますて。ほ! お鍔の彫りは、替り蝶の飛び姿! いや、凝った凝った、大凝りですな。こうなると、ぜひ刀身《なかみ》が拝見したくてぞくぞく[#「ぞくぞく」に傍点]致してまいる。お刀は?
所有主 いや、つまらぬもので。会津でござる。
座の一人 会津と申しますと、兼定《かねさだ》? それとも、三善か若狭守か――。
所有主 兼定でございます。
播磨 初代か。
所有主 はっ。いえ、五代目でござりまする。
刀相家久保奎堂 すると、近江大掾《おうみたいじょう》となった元禄の兼定ですな。
刀を見ている侍 その兼定ならば、定めし大物でしょう。悍馬《かんば》のごとく逸《はや》って、こりゃ鞘当てもしかねますまいて。ははははは、いや、どうせのことに、ちょっと拝見せずにはおられぬ。(懐紙を口に銜《くわ》え、いずまいを正して播磨守に目礼)御免を――。
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一、二寸抜きかける。
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家老矢沢 (あわてて)これ、御前ですぞ。鯉口を拡げるはおそれ多い。御遠慮を、御遠慮を。
抜きかけた侍 (はっ[#「はっ」に傍点]と気づいて)見たい一心に駆られて、つい心づきませんでした。粗忽のほどは、御前よしなにお取りなしを。
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ぱちんと鞘へ返して、手を突く。
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播磨 なんだ。構わぬ。抜け抜け。余も見たい。(矢沢へ)爺い! 余計な口出しして、興醒めな奴じゃ。大名だとて武士だぞ。白刃に驚くか。抜かせい。
矢沢 それでは、お許しが出ましたによって、御自由に。
抜きかけた侍 おそれいりまする。では、御前をも顧みませず――。(作法どおりすらり[#「すらり」に傍点]と抜いて、見入る)ううむ、物凄き作往《さくゆ》き!
隣の侍 やっ、斬れそうですなあ。
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と覗き込む。刀は転々と座をめぐって、人々のあいだに感嘆の呟き起る。
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