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久保奎堂 (受け取って、じっと刀身を見守る)ふうむ、威といい、品と言い、ちかごろにないよい気もちですなあ。
鞘を触れられた侍 一つ、その兼定に鞘当てされた某《それがし》の刀も、御列座の高覧に預かりたいもので、ははははは。
座の一人 御佩刀《ごはいとう》は?
鞘を触れられた侍 国綱《くにつな》です。
奎堂 粟田口《あわたぐち》。それはまた時代な。いや、今宵は名刀揃いですな、さだめし他の方々も、素晴しいものを帯びておられることでしょう。
矢沢 (はた[#「はた」に傍点]と膝を打ち、播磨守へ)殿にもお聞き及びと存じまするが、これなる久保奎堂氏は、剣相をよくつかまつります。刀の観相きわめて奇妙でござりまして、その効著しく、世上にてももっぱらの[#「もっぱらの」は底本では「もっぽらの」]評判――。
奎堂 いや、これは御家老、よしなきことをお耳にたっしては、拙者が困ります。
播磨 久保うじのことは聞いておるとも。うむ、刀にも相があるということだな。
奎堂 おそれながら、人相家相等と同じく、刀剣にも刀相、剣相というものがござりまして――。
矢沢 これなる奎堂先生は、帯剣の吉凶を相し、腰刀の禍福を試みて、その言い当てるところ、万に一つの誤ちもござりませぬよし。
奎堂 いえ、それは過褒《かほう》と申すもの――。
播磨 一段と興を覚えたぞ。その剣相の達人が幸い一座におるとは面白い。
矢沢 されば、今夕《こんせき》のお慰みに――いや、おなぐさみと申しては、奎堂先生に失礼でござるが、一同の刀を相せしめましてはいかがで。
播磨 奎堂足下、皆の刀を一見して、吉凶禍福を申されよ。
奎堂 それでは、未熟ながら仰せにしたがいまして――。
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と座を改めて、まず播磨守の佩刀を小姓に乞い受け、うやうやしく一覧する。
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奎堂 さすがは太守のお腰の物、領民鼓腹、お家万代のはなはだ吉相、上々吉と観相つかまつりまする。相州《そうしゅう》でございますな。正宗でございますな。まことに御名作で。
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次ぎに家老矢沢の刀を観相し、同じく賞《ほ》める。それより席順に諸士の刀を受けては、相を案ずる。
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奎堂 ははあ、陸奥守包保《むつのかみかねやす》、左文字大銘《ひだりもじだいめい》に切ってござろうな。左陸奥守――いたって吉相。常用差しつかえござらぬ。(つぎの刀を受け取って)うむ、虎徹《こてつ》が出ましたな。これも善相。いや、ちょっとお待ちを――ふうむ、少々|相《すがた》が荒びておりますな。めったに鞘走《さやばし》りいたしませぬように、ちと御用心を。
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つぎつぎに刀を観《み》ていく。一同は帯刀を下げて、交《かわ》る代《がわ》る起って奎堂の前へ行き、相を受けては座に帰る。いつの間にか人々の背ろに、税所郁之進が来て坐っている。それと見て、加世は播磨守のかげに身をすくめる。
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奎堂 これは佐々木一峰の作とお見受けいたす。吉凶あいなかば――次ぎ。筑前利次ですな。素直な相でござる。つぎ――守正でしょうか、安永でしょうかな。可も不可もなし。おつぎは――金道の二代目あたりと観ますが、これはいささか凶相を帯びております。お差料には御遠慮あったほうが、お身のおため――。
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そのたびに、喜ぶ者、頭を掻くもの。笑声、讃嘆の声々湧き、播磨守をはじめ一座ことごとく感じ入る。
正面の庭に、月が昇る。
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末座の一人 (左右を見廻して笑う)後は、この顔触れでは、あまり名刀も出ないようですな。一人ずつ奎堂先生をわずらわすほどのこともありますまい。それでは先生も大変だ。どうです、おあとはこみ[#「こみ」に傍点]にして願っては。
その隣 さようさ。そうすれば、女難の相なぞ現れた場合に、誰のかわからぬから顔を赤らめずにすむというもの。名案名案。
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一同笑い崩れる中に、言いだした侍が起って、残りの十人ほどの帯刀を一しょに集めて、ひとかかえ奎堂の前へ置く。まるで刀屋ですな、などという声がする。
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奎堂 (その一本一本を抜いては手早く観相して)これは吉。これも吉。これは半吉。これはどうも凶ですな。が、むろん。たいした悪相ではござらぬから、けっしてお気にかけぬように――これは吉凶半々。これは大吉です。失礼ながら作はあまりよくはないが、刀相としては大福なので。
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