はならぬ。
動いてはならぬ。
雨ではない。縁とおぼしき一方の締め切った板戸を、立ち木の枝がなでているのだ。
古沼にでも近いか、織るような蛙《かわず》の声。
いよいよもってお江戸を離れている。本所の割り下水と今の自分とのあいだには、何十里、何百里の山河があるのだ、と思うと、女の眼頭が自然《ひとりで》に熱くなって、どうすることもできない涙が一筋、ほろりと畳をぬらした。
はだけた襟もとや四肢《てあし》には、春とはいえ、深夜の空気はあまりにも寒々しい。
が、動いてはならぬ。
動いてはならぬ。
たとえこのまま死んでも、このお武家たちに生きているからだをさとらせてはならない。
それまで妙に考え込んでいた吃りの主人と猫侍、女の身柄を[#「身柄を」は底本では「 柄を」]中に、どっちからともなくぽつりぽつりと話し出した。
「わ、わしに、こ、このような進物をするとは、つ、津賀閑山の気が知れぬ」
「もとより進物ではございますまい。やはりその、屋敷を取り違えて届けられた門亡者と存じまする」
「が、門亡者にしたところで、わしのもとへ送ろうとしたものではないか」
「なるほど。では、当初《はじめ》
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