っつくほどひた押しに押して来る。
「へえ、あの」勝手が違うので文次もまごつかざるを得ない。
「通りすがりに貸家札を見ましたので、実はその、お邸を拝見に上がりました。あなた様はこちらの――?」
 しどろもどろにいいかけると、色気たっぷりな若侍の眼に、魅殺するような悩ましい笑いがのぼった。
「あなた様はこちらの――どなたで?」
 文次はくり返した。組しやすいと見たのだ。金と力のないのが色男の相場、こんな陰間《かげま》の一匹や二匹、遠慮していては朱総《しゅぶさ》が泣かあね。
「なに? どなた? 貴様らこそ何だ」
 侍は一本調子だ。
「ですから今も申し上げますとおり、ちょっと貸家を見に――」
 文次の口の動くのをみつめて、侍は片えくぼを深めている。安兵衛め、少しずつ安心してにやにや[#「にやにや」に傍点]し始めた。
 文次は手を振った。
「まあま、御安心なせえまし。わたしどもは決して貸家にはいり込んで他人様《ひとさま》の荷を知らん顔して着服するような者じゃあごわせん。ねえ、あなたはここで鎧櫃を受け取ったそうですが、ちと悪戯《わるさ》が過ぎませんか。まあさ、仮に、仮にですよ、泥棒――といわれても
前へ 次へ
全240ページ中70ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング