ん」に傍点]太鼓[#「太鼓」は底本では「大鼓」]に笙《しょう》の笛――」
 調子はずれの子もり歌が、薄暗い行燈《あんどん》の灯影《ほかげ》に揺れる。
 と、守人は、すでに幾人《いくたり》かの生血を知っている水心子正秀《すいしんしまさひで》の作、帰雁《きがん》の一刀を腰にぶち込んで、忍びやかに方来居を立ちいでようとした。
「えへん」
 玄鶯院の咳払いだ。
「守人殿、今ごろからどこへ行かるる?」
 守人は土間にすくんだきり、返事がない。
「そこもとの身にはある筋の眼が光っていることを、よもやお忘れではあるまいの。昨日今日とでも怪しき風体の者が、この界隈《かいわい》に出没するということじゃ。夜歩きには充分に気をつけたがよいぞ」
「御心配御無用。私には供がございます。帰雁と申す――」
 戞然《かつぜん》と鍔《つば》を鳴らして、守人は蒼白く笑った。
「さようか。それもよかろう。が、帰宅《かえり》のほども知れまい。雨催いじゃ。守人殿、傘《かさ》を持たれよ」
 あとはまた子もり歌に変わって、
「西が曇れば雨となり、ひがし曇れば風となる。千石積んだる船でさえ、暴風雨《あらし》となれば出てもどる」
 唄
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