述懐! 京表よりもどって以来、そこもとはどうも気が弱うなった。いいやいや隠さんでもよい。人の心はさまざまの日が来るものじゃ、うむ、それよりも守人殿、ここに一つ、ぜひ御辺に見せたいものがある」
年寄りだけあって、玄鶯院は古風ないい方をする。
家内《なか》では守人がたちあがるようす。
「先生、何でございます」
「まずこれへ出られい」
とうとう引っ張り出された形、竹の濡縁《ぬれえん》から庭下駄を突っかけて、ゆらりとおり立った一人の若者。
水戸の浪士篁守人である。[#「篁守人である。」は底本では「篁守人である」]
まだ前髪を落としてまもなかろう。色白の中肉中背、といっても野郎風ののっぺり[#「のっぺり」に傍点]顔ではない。気骨|凌々《りょうりょう》たる眉宇《びう》と里見無念流の剣法に鍛えた五体とがきりり[#「きりり」に傍点]と締まって、年よりは二つ三つふけても見えようが、病み上がりとはいえ、悍馬《かんば》のようなはなやかさが身辺にあふれているから、苔《こけ》臭い庭がぱっ[#「ぱっ」に傍点]と明るくなったほど、なんとも立派な若衆ぶりだ。
ことに切れ長にすんだその眼、それには異性の琴心
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