「お呼びになりましたか」
といったが、出ては来ない。
内と外とに静かなやりとりがつづく。
「どうじゃ、新太郎は眠っているかの」
「はい、さっきまでむつ[#「むつ」に傍点]かっておりましたが、今はよく眠っております」
「はははは、厄介坊主《やっかいぼうず》め、さすがの篁《たかむら》守人もそのあくたれにはほとほとてこずりおると見えるのう。はははははは」
老若二人の笑い声が、愉快そうに一つに合う。が、家の中の笑い声には、何がなし一脈のさびしさが響いていた。
玄鶯院は何事か思いついたように、
「守人殿」
「はい」
「ちと戸外《そと》へ出られてはどうじゃな」
「――」
「下世話にも病《やまい》は気からと申す。いまの若さに欝気《うつけ》は大の禁物《きんもつ》じゃ。ああ、ええ陽気じゃわい。枯れ木にも花が咲いて、わしがごとき老骨でさえ浮かれ出しとうなるて。わっはっはっは」
「先生、そんな大きな声をお出しになると、新太郎さんが眼をさまします」
「おお、さようじやったな。しかし、今年の春はまた格別じゃぞ」
「わたくしには、その春の命がいかにも短いように思われてなりませぬ」
「またしてもそのような
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