津賀閑山が騒ぎまわっている、あの鎧櫃だ!
 これだっ!
 あった、あった!
 と見るや、文次よりも安兵衛があわてた。ころがるように走りよって、
「親分、骨を折らせやがったが、これでげしょう? あけやしょうか」
 手は早くも蓋《ふた》にかかっている。
 そのそばに、文次はのっそり[#「のっそり」に傍点]と立った。ごくりと唾を飲んで、眼であいずをすると、錠はこわれているから、安の手で難なく蓋が持ち上がった。
 思ったとおり、も抜けの穀だ。
 が、底に、何やら光った物が落ちている。
「何だい、これあ」
 安から受け取って、文次が掌《て》に置いて見ているうちに――、
 はてな――という面もち、
「お、これは――」
 といおうとすると、くす、くすくす、くす、どこかで人の忍び笑いがする。
 はっ[#「はっ」に傍点]として身を引くとたん、
「おい」
 突き刺すような一言、ひしがれたかれ声が耳の近くで。
 文次と安、思わず眼を見合う、二人のほか誰ひとりいないこの部屋である。
「おい」
 またしても声だ。が、どこからするのか見当が立たない。
 隣室《となり》からか、天井裏からか。
 いや、声だけが眼の前
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