ったが、さあらぬ態で微笑にほぐらかし、そこから中庭を横切って、散りかかる桜花《はな》の下道を背戸へまわって二階建ての母屋《おもや》、焼きつくような饗庭の視線を絶えず首筋に意識しながら、ここが奥座敷と思われるあたりへ出た。
 ずらりと閉《たて》切った縁側の雨戸に、白っぽい日光が踊っている。
「どこかはいれるところがあるだろう。安、あけてみな」
 文次のさしずに、安兵衛はさっそく、戸袋に近い一枚へ手をかけて、どうもしようのない剽軽《ひょうきん》者だ。
「ちょっと切り戸をあけてんかいな、あけてんか、お隣さん、もし、お内かお宿か、おるすさんかいなあ。いぬのにとんとん[#「とんとん」に傍点]とたたいても、ええ、ほんにじれったいではないかいな」
 唄に合わせてがたぴし[#「がたぴし」に傍点]やっている。のんきな奴だ。
 やっとのことで、どうやら、横にはいれそうなすきまができる。
 そこから上がり込んだ。
 明るい戸外から来た眼が、しばらくすっかりくらんで、黒闇《やみ》に慣れるまでにかなりのまがある。
 ほこりのにおいがむっ[#「むっ」に傍点]と鼻を打つ。
 水のようにひえびえとした空気に、板戸の継
前へ 次へ
全240ページ中53ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング