《やかた》を張った井戸がある。
のぞいていると、
「えへん」
遠くで咳《せき》払いがする。
水の底から?
文次はぎょっ[#「ぎょっ」に傍点]としてそこらを見まわした。ひら、ひら、ひら、と花が散る。
「えへん」
何だ、おどろくことはない。饗庭の邸に人がいるのだ。
一面の桜の上に、船のように遠く浮かんで、饗庭の二階が見える。その縁に立って、じっとこっちを望んでいる人物、豆のように小さく、黒文字のように細いが、忘れもしないさっきのお殿様、饗庭亮三郎である。
「またにらんでやがらあ」
こう思うと文次は、わけもなくおかしくなった。
「ねえ親分――」
妙にしんみりした口調で、御免安がいっている。
「その鎧櫃とかに何がへえってたのか親分はほんとに御存じねえんですかえ」
「それがよ、閑山は俺にあ五百両の金を入れといたと話したが久七には具足といったらしいんだ。何だかわからねえ」
文次はちら[#「ちら」に傍点]と安兵衛を見る。
昨日の女が気にかかるらしい安兵衛、いつになくしょげているようすだ。
こいつ、ことによったら何かのんでいやしないか。
――と文次はきっ[#「きっ」に傍点]とな
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