》や紺暖簾《こんのれん》に飛びちがえる燕《つば》くろの腹が、花ぐもりの空から落ちる九つどきの陽《ひ》ざしを切って、白く飜えるのを夢みるような眼で、女は下からながめて行った。これも祭の景物であろう。やぐら太鼓の音が遠くにひびいている。
「えい、はあ!」
腰をひねって、駕籠は角を曲がる。
新寺町《しんてらまち》の大通りだ。
油を浮かべたような菊屋橋《きくやばし》の堀割りへ差しかかったとき、女は駕籠の垂《た》れを上げて背後《うしろ》を見た。と、あの執念深い折助《おりすけ》が、木刀を前半に押えて、とっと[#「とっと」に傍点]と駈けてくる。気のせいか、真っ赤な顔が意地悪く笑っているようだ。
「ほんとにどこかで見たような顔だよ」
つぶやいたとたん、女は何事か思い当たったとみえる。さっ[#「さっ」に傍点]と頬《ほお》から血の気が引いた。そして、ほとんど叫ぶように、甲《かん》高い声を前棒《さきぼう》の背へ浴びせた。
「駕籠屋さん、一両だよ。もちっと飛ばせないかねえ。じれったいじゃないか」
湯灌場買《ゆかんばか》い津賀閑山《つがかんざん》
紺絣《こんがすり》の前掛けさえ締めれば、どこ
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