ゃこつ》長屋。
 角に四つ手がおりて客を待っている。
「駕籠《かご》へ、駕籠へ。ええ旦那《だんな》、駕籠へ」
「ちょいと駕籠屋さん」女が駈け寄った。「神楽坂上《かぐらざかうえ》の御箪笥町《おたんすまち》までやっておくれ。あの、ほら、南蔵院《なんぞういん》さまの前だよ。長丁場で気《き》の毒《どく》だけれども南鐐《なんりょう》でいいかえ」
「二|朱《しゅ》か。可哀そうだな。一|分《ぶ》はずんでおくんなせえ。なあおい勘太《かんた》」
「そうよ、そうよ――しかし兄貴、いい女だなあ!」
「よけいなことをおいいでないよ。じゃ酒代《さかて》ぐるみ一分上げるから急いでおくれ」
「あいきた。話あ早えや。ささ乗んなせえ――よしか勘太、いくぜ」
 つうい[#「つうい」に傍点]と駕籠の底が地面を離れると、た、た、たと二、三歩足をそろえておいて左足からだく[#「だく」に傍点]をくれる。あとは肩口のはずみ一つだ。
 右へ折れて御門跡前《ごもんぜきまえ》。
 ほうっ、ほっ。
 えっさ、えっさ。
 えっさっさ。
 息杖《いきづえ》がおどる。掛け声は勇む。往来の人はうしろへ、うしろへと流れてゆく。
 家なみの庇《ひさし
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