]と一つ、文字どおりの肘鉄《ひじてつ》をくわせておいて、女はすたすた歩き出した。
水茶屋嬉し野の釜《かま》前へ?
そうではない。もと来た道へ帰ると、お水屋額堂を横に見て仁王門、仲見世《なかみせ》の押すな押すなを右に左に人をよけて、雷門《かみなりもん》からそのまま並木の通りへ出た。
青い芽をふくらませた辻の柳の下を桃割れの娘が朱塗りの膳を捧げて行く。あとから紅殻格子《べにがらごうし》が威勢よくあくと、吉原《よしわら》かぶりがとび出して来る。どうもえらいさわぎだ。
「どこかで見たような顔だねえ」
人ごみのあいだを縫いながら、女はふ[#「ふ」に傍点]とこう思って、うしろを振り返った。のっそり、のっそりと、さっきの奴姿がついて来る。四、五間うしろにその赫《あか》い平べったい、顔を見いだしたとき、女は、
「まあ、いけ好かない野郎だよ。酔っているんじゃないかしら」
とかすかにくちびるを動かしたが、また小走りに急ぎ出す。男も、にやりと笑《え》みをもらして、尻《しり》っぱしょりをぐいと引き揚げると、今度はおおびらに跡を追いはじめた。
広小路《ひろこうじ》を田原町《たわらまち》へ出て蛇骨《じ
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