たしでございますか」
「いまお前が随身門をくぐったときから、おいらあ跡をお慕《して》え申して来たんだ。はははは、いつもながらお前の美しさは見たばかりで胆魂《きもたましい》もぶっつぶれるわ。どうぞなびいてやりてえものだが――おいどうしたえ、いやにすましているじゃあねえか」
女はちら[#「ちら」に傍点]と眼を動かした。護摩堂《ごまどう》から笠神明《かさしんめい》へかけて、二十軒建ちならぶ江戸名物お福の茶屋、葦簾《よしず》掛けの一つに、うれし野と染め抜いた小旗が微風《そよかぜ》にはた[#「はた」に傍点]めいているのが、雑沓《ざっとう》の頭越しに見える。
女はにっこりした。男はぴったり[#「ぴったり」に傍点]と寄りそって、
「なあ、おきんさんがおいらを見忘れるわけはあるめえ。何とかいいねえな」
「でも――」
「なに?」
「いやだよ、この人は!」がらり、女の調子が変わった。月の眉《まゆ》がきりり[#「きりり」に傍点]と寄ると、小気味のいい巽《たつみ》上がりだ。
「何だい。人だかりがするじゃないか。借金《かり》でもあるようでみっともないったらありゃあしない。お離しよ」
とん[#「とん」に傍点
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