たもんよなあ、笑わしやがらあ、はっははははは、安、いっしょに来い」
傍門《くぐり》をあけて文次がずい[#「ずい」に傍点]とはいり込むと、それに「ごめんやす」とも何ともいわずに安兵衛が続いて、陽だまりの草のなかを、
「おう、めっぽうな荒れようだなあ」
と二人は何ごころなく石づたいに、ゆるくまわって、玄関の前へ出た。
と、見るがいい!
ぴったり締まって乾破《ひわ》れのした玄関の雨戸に、もう黄色くなりかけた一枚の白紙が、さも二人をあざけるように貼り付いて、墨痕《ぼくこん》鮮やかに――「かしや」と読める。
「ううむ」
思わずうなると、文次はそのまま腕をこまぬいた。
声はすれども姿は見えぬ
「安」
「親分」
「空屋《あきや》とは驚いたな」
「驚きましたね」
おなじことをいい合っている。
棒立ちになったきり、四つの眼は貸家札から離れない。主なき家のほとり、ひっそり閑として、春日いたずらにうららかである。
二ひら三ひら、微風《そよかぜ》に乗って舞うともなく白いものが落ちてくるので、振り仰ぐと、いままで気がつかなかったが、屋敷の横から饗庭家との境へかけて、これはまたみごとな老
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