ざえません。しかし、あれが饗庭の屋敷とすると、これあどなたのお住まいですえ?」
安がいった。誰の屋敷? 文次も知らない。
鷹《たか》のような険しい眼をすえて、文次は黙って、その屋敷をみつめている。
明様の土塀に型ばかりのお長屋門、そっと潜《くぐ》りをあけてのぞくと、数寄屋詰道句風をまねた飛び石づたいに正面の大玄関が見えて、何年にも手入れをしないらしく、雑草にうずもれて早咲きの霧島がほころんでいるぐあい、とにかく、一本一石、松の枝ぶり、枯れ案配、壁の汚点《しみ》から瓦《かわら》のかけ方、あたりのただずまい何から何まで、似ているのではない、全然同じなのだ。
単なる偶然の一致?
それにしては、すこしく念が入り過ぎていはしないか。
裏はすぐ、饗庭の屋敷につづいている。
とすると――?
影武者というのは軍談で聞いたこともあるが「影屋敷」はこれがはじめて。
はてな?
いやいや、まさか! そんなばかな!
文次は空を仰いで、からからと笑った。
「なあ安、世に間違えほど恐ろしいものはねえな。最初《はな》の間違えにまた間違えを重ねて、すんでのこっておっかねえお武家に一つ抜かせるとこだ
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