ながめていたが、やがてのことに、だんだんと顔に驚異の色が浮かんで来て、
「親分!」と叫ぶように、「こいつあよっぽど妙でげす、おんなじ家が二つありやすぜ」
 そういいながら安はやにわに文次の腕を取ってぐいぐい[#「ぐいぐい」に傍点]引っ張って歩き出した。
「どうせお前、旗本屋敷だ。同じ建造《つくり》の二つはおろか、江戸じゅうにあ何百となくあるわさ」
 うす笑いを浮かべて、それでも文次は安のなすがままに、そのうちに二人は、どっちから先ともなく、一散に道を走っていた。
 妻恋稲荷の杉並木に沿うて、二、三丁南へ下ると立売坂《たちうりざか》。
 登りつめればお駕籠者の組屋敷。
 と、その中途に、ちょうど饗庭の屋敷と背中合わせに、一軒の家が建っている。
「これだ、親分。どうでごわす、見分けがつきますかね」
 安兵衛が指さした。
 なるほど、これでは誰でも間違うのがあたりまえ、どう見ても全く同一で、ちょいと見分けがつかない。
 不思議といえば不思議。
 真昼間の妖術といおうか、薄っ気味の悪いほど似ているではないか。
「あっしはさっきからここに立って見張っていやしたが、誰一人出たものも、へえった者もご
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