見ると、むこうから御免安がかけて来る。
「ひでえや、親分、待ちぼけを食わせるってなあひでえや」
何がひでえ[#「ひでえ」に傍点]のか、不平たらたら、ふだんから寸の詰まった出上がりが今は仏頂面と来ているから、何のことはない、灯《ひ》のはいった河豚提燈《ふぐぢょうちん》だ、これを見ると文次、何やかや、今までのかんしゃく玉を一時に破裂させてしまった。
「安っ? どこへ行ってやがったっ?」
「へ?」
と立ちどまった安兵衛、鳩が豆鉄砲をくったようだ。
「だって、親分はわっしに、饗庭の屋敷へ張り込むようにいったじゃありませんか」
「だからよ、だから何だって手前《てめえ》はここに立って、俺を待っていなかったてんだ?」
「おっと親分、待ってもらおう、饗庭の屋敷は此家《これ》じゃありませんぜ」
「なにを? 何いってやんでえ、俺はな、いま邸内《なか》へへえって用人にも殿様にも会って来たんだ。これが饗庭の屋敷でねえなんて、ぼやぼや[#「ぼやぼや」に傍点]するねえ。手前はなんだな、夢でも見ていやがるんだろう。面《つら》を洗え、面を」
ぽんぽんやられて、安はすこし不審な面もち、しばらくそこの饗庭の門構えを
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