。
年齢《とし》のころは四十あまり、剃刀《かみそり》のような長い蒼白いあばた面、薄い一文字の口、鴨居《かもい》をくぐりでもしそうな珍しい背高、これぞ饗庭亮三郎その人である。
口尻がぴくぴく[#「ぴくぴく」に傍点]と動いて、細い眼が、笑うように泣くようにじいっ[#「じいっ」に傍点]――自分をみつめているのに気がつくと、文次は不吉なものにつかれたようにぞっとした。
「まあま、どうぞお気を悪くなさらないように、何ともあいすみません、へえ」
そんなような逃げ口上を用人に残して、早々に屋敷を出たのだった。
戸外に立って、門の奥を振り返りながら、文次は考える。
あれが妻恋坂の殿様か。へん、えらくにらんでいやあがったぜ。
武士《さんぴん》が何でえ。
二本差しがこわかった日にあ鰯《いわし》は食えねえんだ。ばかにするねえっ!
だがよ、だがまあ、何て眼つきをする野郎だ! ちっ、胸っくそがわるいたらありゃしねえ。
しかし、ああまでいい切る以上は受け取って隠しているものとも思われない。すると、例の鎧櫃は、いったい全たいどこへ行ったというのだ?
「おうい、親分、ひでえや」
遠くから声がする。
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