たの――ではあるまいか、ともう歴然《ありあり》と持ち前の気負いを見せて来るのだ。
それにはかまわず、銀磨きを掛けたばかりの十手を、くるくると袱紗《ふくさ》包みにして、すっぽり懐中《ふところ》へのむと、そいつを上からぽん[#「ぽん」に傍点]と一つたたいて、文次は先に立って浮世小路の家を出た。
一歩踏み出すと、世はまさに陽光の世界である。
お捕物《とりもの》の出役。なに、それほどのことでもないが、若いころの源之助《たんぼのたゆう》そっくりないろは屋が、ふところ手の雪駄《せった》ばき、花曇りの空の下をこうぶらり[#「ぶらり」に傍点]と押しだしたところ、これが芝居なら、さしずめ二つ三つ大向こうから声がかかろうというもので、粋《いき》な三味《いと》がほしいような、何ともうれしいけしきである。
春霞《はるがすみ》ひくや由緒《ゆかり》の黒小袖。
名にしおう日本橋の大通りだ。
ずらりと老舗《しにせ》がならんでいる。
右へ向かって神田。
焙烙《ほうろく》で、豌豆《えんどう》をいるような絡繹《らくえき》たるさんざめき、能役者が笠を傾けて通る。若党を従えたお武家が往く。新造が来る。丁稚《でっ
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