ひとり胸に畳んで、手前の親分いろは屋文次にさえぶちまけないのを変だと見ていたら、それも道理、お役徳という小者根性から、虎の威を嵩《かさ》にきてだいぶちょくちょく[#「ちょくちょく」に傍点]うまい汁《しる》を吸っているものとみえ、御免安のやつ、何かとんでもないことをもくろんでいるらしい――。
 ところへ、
「お前さん、何だねえ、寝てばかりいてさ。根が生えるじゃないか。親分さんとこからお迎いだよ、すぐ顔出すようにって」
 と女房のお民が、濡《ぬ》れ手をふきふき水口からがなり立てたので、安兵衛、悪いところでも見られたように、起き上がりこぼしみたいにむっく[#「むっく」に傍点]と立ち上がって、
「はてな、いま帰ったのに、急にまた何用だろう――?」
 小首をひねったが、考えるよりは行ってみたほうが早いと気が付いたから、気と口と尻と、軽いものずくめの御免安、たちまち、
「ありゃ、ありゃ、ありゃあい!」
 と威勢よく駈け出して使いよりも早く、
「ごめんやす」
 とばかりに、伊呂波寿司の暖簾へとび込んで行くと――驚いた。
 結城《ゆうき》の袷に白の勝った唐桟《とうざん》の羽織、博田《はかた》[#「博田
前へ 次へ
全240ページ中34ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング