りてすましたのだろう、手ぬぐいは持っていなかったが、ほんのりとした顔や首筋の色艶、確かにあれは風呂《ふろ》のもどりのようだった。それに、神田で駕籠屋に聞いたところでは、神楽坂お箪笥町《たんすまち》の南蔵院前まで行くようにといったとのことだが、これはどうせでたらめ[#「でたらめ」に傍点]にきまっていらあ。
あいつ、俺の意中《こころ》を知ったら、よもやああまでまこうとはしなかったろう。いや、それを感づいたればこそ、あんなに智恵を絞って後白浪《あとしらなみ》と逃げたのかもしれぬ。あの女が果たしてあれ[#「あれ」に傍点]なら、昨日ぐらいの芸当は朝飯前のはずだからな。
が、どっち道、広いようで狭いのがお江戸だ、いずれそのうちにまた顔が合う。
今度見かけたら――。
しょっぴいて引っぱたいて、一件[#「一件」に傍点]の泥《どろ》を吐かせて、みごとおいらが手柄《てがら》にするか? 一件とは何だ?
なあに、それよりゃあ――とここまで考えて来て、安兵衛はにっ[#「にっ」に傍点]と笑った。
「湯上がり姿にゃ親でも惚れる、ふふふふ、こいつあ存外《ぞんげえ》面白えぞ」
なに、面白いものか。女のことを
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