雀町の通りに立って見送っていたのは、浅草からつけて来た仲間奴だが、車の上の鎧櫃にめざす女《たま》がはいっていようなどとは、お釈迦《しゃか》さまでも気がつくまい――。
いつまで張り込むつもりか。
春永《はるなが》とはいえ、もう往来の土に冷たい影が細長く倒れて、駿河台《するがだい》の森の烏の群れがさわぎ出したのに男はまだそこらをぶら[#「ぶら」に傍点]ついている。
そいつあわからねえ話だな
あくる日の朝。
日本橋|浮世小路《うきよこうじ》。
出もどりの姉おこよにやらせている名物いろは寿司《ずし》、岡《おか》っ引きいろは屋《や》文次《ぶんじ》が住まいである。
あるかなしかのさわやかな風が伊呂波《いろは》ずしと染め抜いた柿色の暖簾《のれん》をなぶって、どうやら暑くさえなりそうな陽のにおい。
朝湯から帰って来た文次、まだ四十にはまもあろう、素袷《すあわせ》を引っ掛けてこうやっているところ、憎いほどいなせ[#「いなせ」に傍点]な男だ。
長火鉢《ながひばち》のまえにどっかりあぐらをかいて、鰹《かつお》のはしりか何かでのんびり[#「のんびり」に傍点]と盃《さかずき》を手にして
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