、閑山には無二の忠義者だ。その耳へ口を寄せて、閑山がささやく。
「あの鎧櫃をな、向島へひいて行ってくれ。具足が詰まっているから重いぞ」
「手車でようがしょう」
「御苦労だが頼む。晩には一升買おう」
支度に行こうとする久七を、閑山は急いで呼びとめた。
「ほほうっかり忘れよった。饗庭《あいば》様へこの花瓶《かびん》をお届けせにゃならぬ。口やかましいお方だ。またぽんぽん[#「ぽんぽん」に傍点]いいおるだろう。お前、すまんがな、どうせ少しのまわり道だ。往きに妻恋坂《つまごいざか》へ寄って、閑山からよろしく申しましたと口上を述べてこれを置いて、それから向島へ行ってくれ。わかったかな」
まもなく、とんだ具足を入れた鎧櫃と、ついでに、妻恋坂の殿様お買い上げの九谷《くたに》の花瓶を積んだ小手車が、久七の手で閑山の店から引き出された。帰途《かえり》は夜と覚悟してか、まのぬけた小田原提灯《おだわらちょうちん》が一つ梶棒《かじぼう》の先にぶら下がっていた。
上には上がある。これで見ると津賀閑山、いっぱしの腕《て》のきく小悪党らしい。
久七の車が店を離れてだんだん小さくなって行くのを、すこし隔たった連
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