ひかせてやるのだから、怪しまれんように声を立てなさんな」
女は櫃の中で膝を抱いた。
「伊達緒《だてお》だけ掛けたように見せて錠は下ろさないでおくれねえ。出られないと事だから」
「窮屈だろうが、すこしのしんぼうだ」
「おとっつぁん、お前のなさけは忘れないよ」
「なんの」
ばたん、と覆をおろすと、にっ[#「にっ」に傍点]と笑った閑山、音のしないように伊達緒をぎりぎりに締めつけてそっと鍵《かぎ》をかけた。
軽く外からたたいてみる。
「居心地は、どうだ?」
というこころ、内部《なか》はいっぱいだから動けないし、何かいうのも聞こえない。
しめしめ!
すぐに向島の自分の寮へ運ばせておいて、あとから行ってしっぽり[#「しっぽり」に傍点]楽しんでやろう。さっき鏡で見た女の膚が、まざまざと閑山の眼へ返って来た。
それに、あの五百両。
あれも筋を洗えば、この女のことだ。案外話がわかるかもしれぬ。何しろ、可愛いのに痛い目を見せたくはないからな。しかし、出ようによっては――、
「久七《きゅうしち》、久七」
閑山は声高《こわだか》にたった一人の下男を呼んだ。出て来た久七、酒好きだが愚鈍実直な男
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