買い取った鎧櫃の覆《ふた》をあけて、裾を押えてはいり込もうとしている。
ほんとにこの中へこもる気!
閑山は真剣にまごつき出した。と、思い当たったのがさっき顔を見せた仲間奴のこと。
識《し》っている! あの男なら記憶《おぼえ》がある。
なぜ早くここへ気がつかなかったろう?
この女は捕吏《とりて》に追われているのだ!
「そうだっ」
とこの考えがぴいん[#「ぴいん」に傍点]と頭へ来ると同時に、別のたくらみが白雨雲《ゆうだちぐも》のように閑山の胸にわく。
このからだとこの金、これだけの代物《しろもの》と五百両、誰に渡してなろうか――。
「お爺つぁん、覆《ふた》しておくれよ」
女の声で閑山はわれに返った。
「よし。が、どこへ届けてやろう?」
「どこでもいいよ。どこか遠くへ持ってっておくれ」
「遠くへ?」
「ああ、面白いところへさ」
「ふうむ」
「あれさ、冗談だよ。本所《ほんじょ》石原新町《いしはらしんまち》の牛の御前のお旅所へ届けておくれな。これから行けば夜になるから、木立ちのかげへでもほうり出しさ。あたしゃあそこの割り下水に化けて出たい殿御があるの」
「承知した。うちの飯たきに
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