庭へはいりこみ、邦之助の寝ている部屋の雨戸のすきまからそっ[#「そっ」に傍点]と嗜人草を放しておき急ぎ帰途についたが、かねてこういうこともあろうかと邸内を警戒していた文次と安の眼にふれた。
「あ! あれは野田屋に逃げこんだ侍《さむれえ》だ!」
「それ! あとをつけろ!」文次と安、影をえらんで守人のあとをつける。と、守人は途中から道を変えた。
 見ると、守人の前を一人の侍が歩いてゆく。
 遊佐銀二郎だ! 守人は途中で銀二郎を見かけて、先方が気がつかないのを幸い、急にそのあとをつけ出したのである。が、自分が二人の岡っ引きに尾行されているとは知らない。
 三つの尾行の雁行《がんこう》がはじまった。
 守人は銀二郎のあとを、文次と安は守人のあとをつけて、四人の黒い影が淡い月光を踏んで行く。
 銀二郎は酔っていた。一高一低、調子の定まらぬ足を湯島のほうへ運んでいる。どうやら妻恋坂の饗庭の邸、あるいは影屋敷をさして行くものらしい。と、連雀町の裏通り津賀閑山の古道具屋の前へかかると、中に灯がともって大戸があいている。
 安に守人をまかせて、先へやっておいて、通りすがりに何げなく店先をのぞいたいろは屋
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