に付くほどではないので誰が誰だかいっこうにしっぽをつかませない。
 そこへもって来て上司からは警戒を厳にするようにとの矢のようなお達しだ。いわれるまでもなく役儀の表、充分に監視したいとはあせるものの、さて相手を知らないのでは暗中の一人相撲、的なしに弓を射るようなもので、警戒しようにも、全然策の施し方がなく、これではてんで[#「てんで」に傍点]お話にならない。
 おまけに、坊間ひそかにもれ伝わる不穏の計画がある。
 係り役人が躍気になって、走りまわっても、得るところは雲のような臆測か、煙みたいな風聞ばかり、事実はおろかとんと方向がつかないのだから、一同奔命に疲れた形で、青息吐息、ほとほと困《こう》じ果てて[#「困じ果てて」は底本では「図じ果てて」]いたところへ――。
 昨朝、内部へ放ってある信ずべき密偵からの告知《しらせ》。
 本所割り下水、もと御典医の蘭学者|相良玄鶯院《さがらげんおういん》の隠宅方来居で、水藩高橋一派の会合があるという。しかも十五、六人は集まる予定だとあるから、隠密まわり同心税所邦之助、こおどりしてよろこんだのも道理だ。もちろん先方の議いまだ熟さず、確たる証拠を収める
前へ 次へ
全240ページ中161ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング