。
風のほしい陽気だ。
「なあ安」文次は眠そうな声、「つい先ごろまで両国に人魚の見世物が出ていたなあ」
「へえ」と安兵衛おどおどしている。
「あの人魚の女は何ていったっけなあ、てめえ日参してたようだから忘れあしめえ」
「お蔦――とかいったようにおぼえていやす」
「さよう。そのお蔦よ。どこにどうしているかなあ」
「へ?」
「安」と起き上がった文次、「われあ妙《おつ》う隠し立てをするぜ。てめえをまいたお蔦あ俺が突きとめてあらあ。これからばっさり網を打ちに行くんだが、ま、そこの御用帳をおろして来い」
文次は壁にかかっている帳面を指さした。
月の十日は御下問日
あれだけの人数がどうして音もなく消えうせたのか、それが税所邦之助《ざいしょくにのすけ》にはわからなかった。
考えれば考えるほど気が詰まってくる。
ゆうべの方来居の手入れである。
水戸藩の志士が一団二団と分かれて江戸に潜入し、佐久間町の岡田屋、馬喰町《ばくろちょう》井筒嘉七《いづつかしち》、さては吉原大門前の平松などに変名変装で泊まり込んでいることはとうに調べがついているのだが、顔の識れない連中が多いし、なまりも、耳
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