し、かつ君臣の名義大いに混乱致し、はなはだしきは徳川幕府あるを知りて、天皇のあるを知らずに至り候――」
惻々《そくそく》として胸を打つ声。
そこへ守人が帰って来たわけ。
茶のしたくをしていたへらへら[#「へらへら」に傍点]平兵衛と二、三言話をしていると、物音を聞きつけて遊佐銀二郎が立ってきた。
と、台所の軒下、滝《たき》と落ちる雨だれのなかを、黒い影がすうっ[#「すうっ」に傍点]と横ぎるのを守人は見た。さっ[#「さっ」に傍点]と戸をあけて――、
かあっ、ぺっ!
守人が唾《つば》を吐きかけると、影はころぶように生垣《いけがき》の闇黒に消えた。
「何でござるな?」
銀二郎がきいた。守人はぴしゃりと戸を締めた。
「御用心! 手がまわったと見えまするぞ」
「何の」銀二郎は一笑に附した。「犬じゃ、犬じゃ。雨に迷うた宿なし犬じゃ。おそるることはあるまい」
「さよう」
何ごころなく眼を返した守人は、銀二郎の顔が、不純な心配と恐怖にゆがんでいるのをみて取った。
さては此奴《こやつ》め内通でも――?
いやいや、 まさか!
「さよう」と守人がにっこり[#「にっこり」に傍点]して、「だが
前へ
次へ
全240ページ中115ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング