関をはじめ神田お玉が池千葉周作先生の門弟が多いから、いずれも北辰《ほくしん》一刀流の使い手がそろっている。
 よくもこう網の目をくぐって集まったもの。二百石小姓佐野竹之助なぞは、あくまでさようしからばで四角張っているが、岡部の三十はぐっ[#「ぐっ」に傍点]とくだけて小意気な縞物《しまもの》、ちょっと口三味線《くちじゃみせん》で小唄《こうた》でもやりそう。おのおの器用に化けてはいるが、なかでも奇抜なのは森五六郎の乞食《こじき》姿だ。おんぼろ[#「おんぼろ」に傍点]を一着に及んで御丁寧に頭陀袋《ずだぶくろ》まで下げているところ、あんまり真に迫って、一同いささか恐縮の態。
 動かざること林のごとし。
 佐野の声が大きいので、一座がときどきはっ[#「はっ」に傍点]とするほか、斎藤監物なんかは、隅っこに片づけられて丸くなって眠っている無心な新太郎の足の指をいじっては、故郷《くに》に残して来たわが児《こ》のうえでも思うのだろう、かわいくてたまらなそうにひとりほほえんでいる――。
 高橋多一郎が、薩摩《さつま》の高崎猪太郎《たかさきいたろう》の手紙を読み上げているのだ。
「近年幕吏|妄動《もうどう》
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