同意を求めるように見上げるまなざし、老爺は黙っていた。忘れていた女の香にむせて、口がきけなかったのである。
「お爺《とっ》つぁん、何ていうの、名は」
女がきいていた。その声で、はっ[#「はっ」に傍点]として年寄りの威厳を取りもどした。
「どうしたんだ。今の騒ぎは」
最初からこんなことばづかいが出ても、二人はすこしもおかしく感じないほど、父娘《おやこ》といっても似つかわしい。
「悪い奴に追っかけられたのさ」女はまだおどおど[#「おどおど」に傍点]していた。
「でも、お爺つぁんが助けてくれたから、もう安心だわねえ。たのもしいよ、ほほほほ、あんた何ていうの」
「わしの名か、津賀閑山《つがかんざん》」
「津賀閑山? 湯灌場《ゆかんば》買いね」
「口が悪いな」
「ほほほ、けどお手の筋でしょ?」
「まあ、そこいらかな」
「面黒いお爺さんだねえ。いっそ気に入ったわさ。惚《ほ》れさせてもらおうよ」
閑山は出もしない、咳《せき》をして、吐月峰《はいふき》を手にした。
「いまお前さんを捜しに来た男は何だ」
「まあ可愛い! もう妬《や》いてるの?」
「いや、お前さんはあの男を知っているのかね?」
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