た。「どなたもお見えになりませんで。はい」
ちょっと首をかしげたので、これあはいってくるかな。とひやり[#「ひやり」に傍点]とすると、男はそのまま立ち去った。
駕籠屋はもう姿がない。
ほっ[#「ほっ」に傍点]としたらしく、女はあでやかにほほえんだ。思わずつり込まれて、老爺も皺《しわ》だらけの顔をほころばせたほど、それは魅力に富んだ笑いであった。
「大丈夫?」
立ったままで女がいった。娘にでも対するように、いかにも自然に、そしてきさく[#「きさく」に傍点]に、老爺は大きくうなずいてみせた。
親船に乗った気でいるがいい――。
こういいたかったのだ。実際、このへんてこな初対面の二人のあいだに、十年の知己のような許し合った心持ちが胸から胸へ流れたことは、不思議といえば不思議、当然《あたりまえ》といえば当然かもしれない。
女は出て来て、薄暗いところを選んで上がり框《かまち》に腰をおろした。ちらり、ちらりと戸外《そと》を見ている。
ほんのり上気した額に、おくれ毛がへばりついて、乱れた裾前《すそまえ》吐く息も熱そうだ。
「年増だって!」と嬌態《しな》をつくって、「年増じゃないわねえ」
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