生というのは、詩の作者|頼三樹三郎《らいみきさぶろう》のことで、旧臘《きゅうろう》廿五日、頼は梅田雲浜《うめたうんぴん》老女村岡ら三十余人とともに京師《けいし》から護送されて、正月九日江戸着、目下は松山藩松平|隠岐守《おきのかみ》の屋敷に預けられて評定所の糺問《きゅうもん》を受けているのだった。この詩は、豪放|磊落《らいらく》な三樹が、終天の恨みをこめ軍駕籠《とうまる》で箱根を越えるときに詠じたもの、当時|勤王《きんのう》の志士たちは争ってこれを口ずさんでいた。
「頼先生始め同士先輩の上を思えば、時世時節《ときよじせつ》とは申せ、お痛わしい限りじゃ。拙者は、幕府の仕儀が一から十まで気にいらぬ。徳川の流れに浴する身ではあるが、その水も濁ったわい。なあ、貴殿はそうはおぼしめされぬか」
侍はちら[#「ちら」に傍点]と守人を見る。守人にも油断はない。
「さようなこと拙者はいっこうに存じ寄りませぬ」
「いんやいや、胸底おのずから相通ずるものあり、警戒は御無用」
「と申したところで――」
「赤鬼め、長いことはあるまい」
赤鬼とは大老|井伊《いい》のこと。守人はどき[#「どき」に傍点]っとして口
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