のように眠ってるよ」
 という声と誰か他の人間がくすりと笑う声であった。

 秋の日かげはうららかに射している。
 藤次郎は燃えるような胸の焔をいだきながら浅草公園の池の辺を歩いている。
 何ともかとも云いようがない。それにわざわざ……。
 虫も殺さぬような顔をした要之助があんな図々しいことを云ったり、したりするとは思わなかった。女も女だが男も男だ。奴は全く食わせものだったのだ。いやに真面目らしくおとなしく振舞っていたのは女をひっかける手段に過ぎなかったのだ。田舎にいる頃、あれでは何をしていたか判ったものじゃない。
 斯う考えた時、藤次郎は百足《むかで》でもふみつけたような気持に襲われた。
 今朝、国から来た友達をつれて東京見物をさせてやるから、という好加減《いいかげん》な口実を設けて一日のひまを貰った時、主人にいっそ昨夜のことを告げてやろうかとも考えた。然しそれは自分にとって余りいい結果をもたらさないかも知れない、他の方法で要之助が存在しないことになれば或いは局面が一転するかも知れない、と思って彼は何も云わなかったのだ。
 昨夜殆ど眠れなかったために、一日さぼろうと思った彼は、秋の一
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