っている。見るとその片手にはきらりと閃く物を持っている。あっと思う間に、要之助が、彼の側によって来た。次の瞬間に要之助の顔が、映画の大写しのように彼の顔の前に迫った。
とたんに彼は咽喉の所にひやりと冷い物がふれたと感じた。彼は叫ぼうとした。夢ではない!とぴりっとした刹那、たとえようのない焼けるような痛みを咽喉のまわりに感じると同時に、藤次郎の意識は永遠に失われてしまったのである。
要之助は其の夜のうちに捕縛された。
彼は然し警察官に対して、全然自分には藤次郎を殺したおぼえはないと主張した。
検事の前に於いても無論その主張を維持した。彼は、若し彼が藤次郎を殺したとすればそれは全く睡眠中の行動である。自分は今まで夢遊病の発作に屡々おそわれたことがある。殊に国にいた頃には、父親の頭をまきざっ棒で殴りつけたこともあったと述べた。
N亭の主人は其の主張を裏書きした。
用いた短刀と傍にあった文鎮とは、然し、N亭の主人の知らぬ物であった。のみならず斯る危険な物はあの部屋にはなかったと思う、と主人は述べた。
けれども、浅草の商人達は要之助にとって幸にも売った相手をおぼえていた。短刀も文
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