要之助を殺そうとするのだ。要之助がこれ迄、夢遊病の発作に襲われた事は多くの人々が知っている所である。現にN亭に於ける要之助の部屋(即ち藤次郎要之助の寝室)には危険な物は一さいおいてはない。而も、来てから半年しかならない間に彼は、屡々夢中遊行をしている。其の中一回は現に彼が見ている。
だから其の夜、仮りに要之助が発作に襲われたとしても決して不思議はない。そうして夢中で傍にねている藤次郎に斬ってかかったとしても必ずしもそれはあり得ないことではない。
ただ従来、斬ってかかるような物がおいてない。それ故、藤次郎は一振の短刀を求めたのである。
料理場においてある庖丁のような物はいつも見なれているから恐らく要之助に深い印象を与えまい。それ故、藤次郎はわざわざ短刀を買った。而《そ》して要之助にはっきりと印象を与える為に度々見せたり持たせたりした。
更に、その夜、発作をおこす近因として殺伐な映画を十分に見せた。要之助は非常な熱心さを以て之を見た。
医者でない藤次郎には之以上の手段は思い付かなかった。そうして之で十分だと信じたのである。
彼が何故に短刀を求めたかという理由は、一応要之助に説明
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