はない。然し真面目で一本気な彼の場合には特に愛の発表は難事であった。
やっとの思いで恋を打ち明けた時、藤次郎は、こんなことならもっと早く云うんだったと感じた。それ程、美代子は、簡単に而もはっきりと、彼にとって甚だ有難い返事をしてくれたのである。彼は有頂天になった。彼女と同じ家にいることが勿体ないような気がして来た。彼は一寸のすきにでも彼女と語って居たかった。彼は勿論主人や他の女給などのいない時を狙っては美代子と語った。けれど彼女の方は割合大っぴらだった。他人がいてもはっきりと彼に好意を見せてくれた。是が又藤次郎にとってはひどく嬉しくもあり、はずかしくもあった。
斯うやって二ヶ月程は夢のようにたってしまった。ただ最後のものだけが残っていたのである。だが、之は藤次郎に最後の一線を越す勇気がなかったのではない、と少くも彼自身は考えていた。機会がなかったのである。機会さえあれは美代子は完全に彼のものとなっていたろう。彼はただ機会を待っていたのだ。
所が、今から半年程前に、彼にとって容易ならぬことが起った。即ち要之助の出現がそれであった。
要之助は、N亭の主人の遠い親戚の者であるが、今度
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