たか田原町まで歩いて電車に乗った。
藤次郎は切符を切って貰う時に、それが法律上如何なる意味をもっているかというようなことは考えなかった。彼の頭の中には、さっき見た映画が浮んでいた。殊に青年が一人ひそかに部屋から忍び出る所が残っていた。
電車が四谷見附を走っていた頃に彼の脳中を駈けまわっていたのは、全く他の事だった。
「気狂いが刀をぬいて来たらどうする。殴り殺してもかまわないか」
というあの大道法律家の言葉が又頭に屡々《しばしば》浮んで来た。
その夜彼は帰ると、かねてとっていた講義録を盛んにひっぱり出して何かしきりに読み耽っていた。夜更《よふけ》まで、その講義録の中の数行が目にちらついて消えなかった。それは次の文字である。
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正当防衛ハ不正ノ侵害ニ対スルコトヲ必要トスル。而シテ不正トハ其ノ侵害ガ法律上許容セラレヌモノデアルコトヲ意味スル。故ニ、客観的ニ不正デアレバソレデ足リル。責任無能者ノ行為、犯意過失無キ行為ニ対シテモ正当防衛ハ成立スル。
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次の日から藤次郎は全く殺人の計画に没頭した。彼が前の日「やっつけちまおう」と云った時は
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