何等《なんら》の用意はなかった。然し最早、犯罪の種は彼の頭の中で芽を出しはじめたのであった。
藤次郎が真面目であること、かたいこと、が彼をして犯罪人たらしめない、とは不幸にして云い得ない。彼が法律を多少知っていることが彼をして決して犯罪をさせないとはなお言えない。
そうして一番不幸な事は、要之助さえいなくなれば美代子が再び彼に好意を見せるだろうという極めて単純な、いわば無邪気な考えを藤次郎がどうしても捨て得ないということである。
如何にして要之助を殺すか、如何にして、法の制裁を逃《のが》れるか、之以外のことは問題ではなかった。此の二つにさえ成功すれば美代子に対する恋も当然成功するように考えられた。
「偶然」が彼に不思議な暗示を与えた。
彼の知っている限りに於いては、責任無能力なる者の行為に対しても正当防衛が成立する。而して彼の知る限りに於いて要之助は、ひどい夢遊病である。夢遊病患者が夢中で犯罪を犯すことは無論有り得る。現に犯す有様を彼はスクリーンの上でもまざまざと見ている。(尤も之は夢遊病とは少し違うけれども)
藤次郎が、彼の法律知識と、映画の印象とを之より行わんとする犯罪に
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