に切ったけれど及ばず、相手の頭を前右車輪にかけてしまった。
その後、警察の調べた所によると、中条直一は別に自殺するような動機は認められなかったけれども最近では非常な神経衰弱に罹《かか》って居たから、かかることは在り得べからざることではないと云うことだった。
然し、H署ではこの事件を「業務上過失致死事件」として、一件書類を区裁判所検事局に送って来たのである。
伯爵細山宏が検事局から呼出を受けたのはそれから二週間程経てからであった。
係りの大谷検事は、当時所謂バリバリの検事だった。検事の問に対して伯爵は警察で申し立てた通りの答えをした。
「時に、あなたは、昨年T海岸で死んだ吉田豊という人のお兄さんですね」
「そうです。吉田は私の実弟で、あの家の養子に行ったのです」
「そうですか、それはお気の毒でした。しかし、とするとあなたは被害者の中条にも度々お会いになったことはあるわけですね」
「はあ」
「この日、むこうから来た紳士が中条だということは、この事故の起らないうちに判りませんでしたか。無論、後には被害者は僕の知っている男だと仰言ったそうですが」
「いや、とっさの場合ではじめはよく判り
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